ガゼルと少女

 

 第七霊災から1年と少しが過ぎた日のこと。
 ガゼルは人里離れた森の中で啜り泣く声を聞きました。
 その声があまりにも悲しげだったので、ガゼルはつい気になって声の主を探しました。

「なんだッァ、羽なしのジャリかッァ?」

 泣いていたのはニンゲンのこどもでした。
 木の根の間にうずくまっていた小さなこどもは、ガゼルの声にはっとして顔をあげました。
 安堵の笑みを浮かべたのも一瞬、こどもはガゼルの姿を見てぶるぶると震え出し、今度はわんわんと声を上げて泣き出します。

「あーあーッァ、別に取って食いやしねーからッァ、泣くんじゃねーってのッォ」

 イクサル族が黒衣森のニンゲンと敵対関係にあることはガゼルも承知していました。
 だからこどもが自分を見てなおさら怯えてしまったことにも驚きはしませんでした。

「ほれほれッェ、オレは怖くないぞッォ。いないいないバァッァ!」

 ガゼルは陽気におどけてみせましたが、どういうわけかこどもはもっと怯えだしました。
 ニンゲンのこどもにとって、そもそもイクサル族の顔自体が怖いのだとは、ガゼルの知らないところです。

「コラッァ!! 男のくせにいつまでも雛鳥みたいに泣いてんじゃねえぞッォ!!」

 渾身のあやしが通じず、ガゼルは恥ずかしくなって声を荒げました。
 こどもは泣きじゃくりながら声を絞り出しました。

「おどごのごじゃないもん……
「なんだとッォ!? 羽なしはホント見分けがつかねえなッァ!!」

 

 

「迷子ねッェ……

 ようやく落ち着いた女の子は、ぽつぽつと泣いていたワケを話し出しました。

 父親に誘われて森の恵みを採りに来たこと。
 父親にここで待っているよう言いつけられたこと。
 もう日暮れも近いのに父親がいつまでも迎えに来てくれないこと。
 だんだん心細くなって泣いていたこと。

 女の子のはなしを聞いて、ガゼルはすぐにピンときました。
 父親は女の子を捨てていったのだと。

……仕方ねえなあッァ、オレが家まで送っていってやるよッォ」

 しかし涙ぐんでいる女の子を前に、酷いことは言えません。
 それに父親も、いまごろ女の子を捨てたことを後悔しているかもしれません。
 家の方角が分からないという女の子を連れて、ガゼルはこの辺りで一番近い集落に向かいました。
 幸いにもガゼルの予想は当たり、そこが女の子の暮らす集落でした。

「いいかッァ、オレに助けられたってのは秘密だからなッァ。イクサル族が人助けなんてッェ、バレたら面倒だからよッォ」
「うん、わかった。送ってくれてありがとう」

 本当に分かっているのかいないのか、ちょっと怪しいところですが、女の子は何度も手を振りながら去っていきました。

「これ以上はオレが心配しても無駄だなッァ……

 ガゼルは複雑な思いで夕空を見上げました。

 

 

 ガゼルの予感は当たりました。
 昨日よりももっと森の奥深く、女の子は捨てられていました。
 薬か魔法の影響か、冷たい土の上にも関わらず女の子はすやすやと眠っています。
 やがて目を覚ました女の子は、薄暗い森の中にいると気がつき、わけが分からず泣き出してしまいました。

「やっぱりなッァ! 思った通りじゃねえかッァ!」

 茂みから現れた影に女の子はビクリとしましたが、昨日のイクサル族だと分かると安堵したようでした。
 女の子は家まで送ってほしいとガゼルに頼みました。

「まだわかんねえのかよッォ! マヌケだなッァ! おめッェは捨てられたんだよッォ!」

 第七霊災でエオルゼアの大地はボロボロに傷つきました。
 ガゼルは旅をしながら、人々の暮らしが困窮している様子を多く見てきました。
 この子の集落も例外ではないのでしょう。幼く労働力にならないこどもが真っ先に口減らしにあってしまったのです。
 ショックを受けて泣き出した女の子に、ガゼルはゲラゲラと笑ってみせます。

「そうやってピィピィ鳴いてっから捨てられるんだぜッェ! どんくさい奴は足手まといだからなッァ!」

 愉快そうに笑うガゼルとは裏腹に、女の子は聞く者の胸が痛む声で泣き続けています。

「あ、あれッェ? もうちょっとこうッゥ、そんなことないもんッン! とか反発しろよッォ……」

 ガゼルはすっかり困ってしまい、ぽりぽりと顔を掻きました。

「羽なしの女の子ってのはッァ、難しいなッァ……」

 

 

「いいかッァ? 雛鳥はいずれ巣立つものだッァ。おめーは巣立つのがッァ、ちょっと早かっただけさッァ」

 すっかり日が暮れた頃、焚き火のそばで女の子に暖をとらせながら、ガゼルは言い聞かせるように言いました。

「だからあんまり落ち込むなッァ。気力さえあればッァ、案外どこでも生きていけるものさッァ」

 女の子は悄然と頷きました。その顔は、見て気の毒なほど涙で腫れてしまっています。
 ガゼルがよそったスープを力なく口にした女の子は、驚いたように目を丸くしました。

「……おいしい」
「だろッォ!? オレァは料理の腕に自信があるのさッァ!!」

 女の子にとってそれは、久方ぶりにありついた、まともな料理でした。
 夢中でスープを飲み干した少女に、ガゼルは笑っておかわりを注いであげます。

「この味が分かるたッァ、見どころがあるじゃねーかッァ、おめッェ」

 女の子の言葉にすっかり気を良くしたガゼルは、聞かれてもいない旅の話を語り始めました。
 料理の道を極めるべく修行する身であること。
 故郷ゼルファトルに閉じ籠っていては限界があると悟ったこと。
 空を目指さない変わり者と後ろ指を刺されながら故郷を後にしたこと。
 ひと口食べただけで昇天するほど美味い料理を作ることが目標であること……

 意気揚々と語っていたガゼルは、自分の膝にもたれていた女の子がいつの間にか眠っていたことに気づきました。

「ッンだよッォ、ここから良いところだってのによッォ」

 ガゼルは仕方なく女の子の体にブランケットをかけてあげました。

「……妙なもん拾っちまったなッァ」

 これが、ガゼルと女の子の旅の始まりでした。


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