蜜月(01)
「──でね、クガネに行ってきたって人とギルドで会えて、いろいろ話を聞かせてもらったんだけど」
「うん」
髪に触れた唇の感触にヴァヴァロは口を噤んだ。
アルテュールの部屋だった。カーラインカフェで出会ったひんがし帰りという冒険者から、今日は有益な情報を多く仕入れることができた。そのときの書きつけをベッドの上に広げ、揃って寝転がりながら、相棒にも話して聞かせている最中だった。
アルテュールはベッドに頬杖をつき、耳を傾けながらヴァヴァロの頭を優しく撫でていた。
「……やっぱり向こうにもエーテライトみたいなのがあって、あっちだと転魂塔って呼ばれてるんだって」
「うん」
今度はこめかみに口づけられ、ヴァヴァロは思わず口をむぐつかせる。そわそわしてしまうのを抑えながら、書きつけの文字を指した。
「仕組みはこっちにあるのと一緒で、その人も帰りは転移魔法で飛んできたって……言ってて……」
「うん」
アルテュールはヴァヴァロの髪を一房手に取ると、そのまま愛おしげに自身の唇に寄せた。
「もう、ちゃんと聞いてる?」
指で髪先を弄ばれる感触にどぎまぎしてしまい、ヴァヴァロは頭を振ってその手を解いた。アルテュールはそんな相棒の反応に目を細める。
「聞いてるよ。それで、これがクガネの地図?」
書きつけの中から地図の写しらしき一枚を手に取ったアルテュールに、「そう」とヴァヴァロは頷いた。
「でね、港の酒場にクラン・セントリオの支部ができてるんだって。活動内容はこっちと同じらしいから、あっちに行ってもなにかしら仕事にはありつけるんじゃないかなって」
「そっか、稼げそうな伝手があるのはありがたいな」
地図に視線を向けたまま、アルテュールはヴァヴァロの頬にちゅっと音を立てて口づけた。
それまで相棒の甘い振る舞いにじっと耐えていたヴァヴァロは、いよいよ限界を迎えてベッドの上で跳ね上がった。
「もおお! この間までとぜんぜん違うじゃんっ!!」
〝まだ女として見られない〟と言っていたのはどこの誰だと叫びたかった。つい先日、唐突に愛を告げられて以来、ずっとこの調子だから参ってしまう。
ヴァヴァロにしてみたら相棒が急に心変わりをしたようにしか思えないのに、あれからというもの、アルテュールはこちらの気も知らずにこにこと嬉しそうな顔ばかりしている。抱擁も、口づけも、隙があればしてくるのだからたまらない。
「ちゃんと聞いてるって。ほら、こっちきて」
アルテュールは逃げ出そうとしたヴァヴァロを楽しそうに胸の中に抱き込んでしまうと、くしゃくしゃとその白い髪を撫でた。
愛おしそうに頬擦りをされ、ヴァヴァロは顔が熱くなってしまう。ほんの少し前までは自分が彼を動揺させる立場だったのに、あっという間に形勢逆転だ。
向こうばかり余裕な態度なのが悔しくて、ヴァヴァロは抗議の声を上げようとし──そして慌てて唇を結んだ。
廊下を行く人の気配があった。扉越しに微かに聞こえてくるのは、ミックとイェンの声だろうか。
二人は目線を交わすと、気配が完全に消えるのを息を潜めて待った。やがて扉が閉まる音が聞こえ、ほっと肩の力を抜く。
「そ、そろそろ戻ろっかな──わわっ」
ヴァヴァロはそそくさと起き上がると、ベッドの上に広げていた書きつけを纏める。そんな相棒の手首を優しく引いて倒すと、アルテュールは慈しむようにヴァヴァロの髪を撫でた。
「もう少しいなよ」
間近で微笑まれる気恥ずかしさに、ヴァヴァロは思わず目を逸らしてしまう。
「じ、じゃあ、もうちょっと」
「うん」
もじもじしている恋人を軽く抱き、額に唇を寄せると、アルテュールはそのまま目を瞑った。
ヴァヴァロは穏やかなその顔をちらりと見やり、おずおずと頬を撫でた。アルテュールは目を閉ざしたまま小さく笑う。
──もちろん、嫌なはずがない。アルテュールにこうして──こんなに好意を寄せられて。むしろ、嬉しい。
彼に触れられて、以前とは比較にならないほど恥ずかしくなってしまうのは、愛される準備が自分の中でできていなかったからだ。彼に意識してもらうことばかり考えていて、その先のことなどまるで想像していなかったのだから。
「ウルダハにはいつ行く?」
「ウルダハ?」
きょとんとするヴァヴァロに、アルテュールはちらりと片目を開けた。
「ヴァヴァロの服。ウルダハに探しに行こうって話してただろ?」
「ああ、そっか、服」
二人で初めてデートをした日、たしかにそんな会話を交わした。せっかくアルテュールが誘ってくれたのに、可愛らしい服の一着も持っていなくて、自分の洒落っ気のなさにひどくガックリしたのだ。自分で言い出しておきながら、恋人のあれやこれやに翻弄されて、すっかり忘れてしまっていたけれど。
ヴァヴァロは「ううん」と悩ましげに唸った。
「おめかしはしたいけど、やっぱりもったいない気がするな。着る機会もあんまりないだろうし」
アルテュールが髪飾りを買ってくれたときと同じだ。オシャレに関心はあるものの、家を留守にしがちなことを思うと、やはり躊躇してしまう。
「たまに着るなら十分だろ。俺が贈るからさ、ヴァヴァロが気に入る服、仕立てに行こう」
アルテュールは上体を起こすと、決めかねてぐでぐでしているヴァヴァロの顔を覗き込んだ。
「……本当に? いいの?」
以前もそう言ってくれたけれど。そんなに甘えてしまっていいのだろうか。これまでだって何かにつけて面倒を見てくれていたというのに。
「もちろん。じゃ、決まりな。いつ行く? 明日?」
アルテュールは屈託なく笑う。自分よりも楽しみにしている様子の恋人に、ヴァヴァロは少し気を楽にした。ころりと寝返ってうつ伏せになると、ブランケットの下で足をぷらぷらと揺らしながら、今後の予定を指折り数える。
「えっとね、明日は家にいたいかな。そろそろ銃をオーバーホールしないとだし、オイルのストックが切れそうだから、それも買い足さなきゃでしょ。だからイシュガルドにも行きたいし……。それが終わってからでもいい?」
アルテュールは素直に頷く。
「分かった。じゃあ、一通り落ち着いたらウルダハに行こう。俺も手伝うよ、部品洗うの」
「ありがと。またお願いしちゃおうかな」
和やかに話し終えると、アルテュールは再び目を瞑り、恋人の肩を抱き寄せた。
こつんと額を寄せられ、ヴァヴァロの胸は小さく高鳴る。
「もう寝る?」
自分からもさりげなく額をすり寄せ、そっと尋ねる。
「ん、寝ようかな」
「じゃあ、そろそろ戻るね」
のそのそと起きあがろうとしたヴァヴァロの肩を、アルテュールはきゅっと抱き直した。
声はすでに眠そうなのに、腕の力だけはやけに強い。起き上がるのを阻まれて、ヴァヴァロはまたしてもそわそわさせられてしまう。
「もー、そんなに私のこと離したくないの? わ、わ」
冗談めかして言った途端、ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、ヴァヴァロの顔は余計熱くなってしまう。
「離したくないよ?」
当然のように小さく笑われ、ヴァヴァロは必死に澄まし顔を作る。
「ふ、ふうん? じゃあ、眠れるまで添い寝してあげようか?」
「んー……」
アルテュールは瞑目したまま、しばし口を噤んだ。ヴァヴァロの頭頂部に唇を寄せ、やがて名残惜しそうに腕を離す。
「起きたときにいなかったら寂しいから、大丈夫」
少しだけ切なげな恋人の笑みに、ヴァヴァロの胸はきゅっと苦しくなる。愛しさが急激に込み上げてきて、先ほどまでの気恥ずかしさも忘れ、たまらず自分から口づけた。むにゅりと唇を押し当てただけの拙い口づけに、それでもアルテュールは嬉しそうに微笑んだ。
書きつけを纏めてベッドから降りると、一緒に起き上がってきたアルテュールは静かに扉を開けた。しばらく耳を澄ませ、誰の気配もないことを確かめると、ヴァヴァロに目配せする。ヴァヴァロも頷くと、慣れた様子でするりと廊下に出た。
「おやすみ。また明日ね」
「ん、おやすみ」
ごく小さな声で挨拶を交わし、ヴァヴァロは忍足で自分の部屋へと戻っていった。