そして旅に出る
ムーンキーパー族は、母系社会である。
「へえ、働き口見つかったんだ」
「違うわよ、門下生でしょ?」
「アンタ、本当に魔法が好きねえ」
つまり、日々姦しい。女だらけの家に男の末子として生まれてしまうと、なおさらである。
「……住むところも見つけたから。これからは一人で暮らす……」
むすっと返すと、姉たちはまた好き勝手に騒ぎ始める。その横で母が豪快に笑った。
「男の子の成長ってのは早いねえ。ま、精々頑張んな!」
ムーンキーパー族の男は早晩、独立するものである。
「独学でここまで? やるなあ」
「仕事早いじゃないか。助かるよ」
「はは、本当に無口な奴だな」
かと言って、必ずしも遠くに発つとは限らない。
「……喋るのは昔から苦手で……」
生まれ育った故郷リムサ・ロミンサ、その港にあるメルヴァン税関公社の門を叩いたのは、働きながら巴術を学べると聞いたからだ。
正直、採用されたことには自分でも驚いているけれど。
「なあに、無駄口叩きのサボり魔よりよっぽどいいさ」
ムーンキーパー族は、一般的に夜行性である。
「まーた眠そうな顔して」
「どうせ徹夜したんだろ」
「ちったあ健康にも気ぃ使えよ」
……が、組織に所属していると、世間の動きに合わせて生活する必要もある。
「……気づいたら朝になってて……」
給金のほとんどは魔道書に消えた。寝食を惜しんで読み漁り、ひたすらに魔法の実践を重ねる。時間はいくらあっても足りなかった。
「なあ、聞いたか。巴術士ギルドを作るって話。一般人も門下生として受け入れる計画があるらしいぞ」
ムーンキーパー族の男は、獲物を追うものである。
「本当に行っちまうのかよ」
「そりゃ魔法好きなのは知ってるけど」
「気が変わったらいつでも戻ってこいよ」
もっとも自分の場合、追うのは獣ではなく、魔法だ。
魔法の体系は問わない。巴術以外も学びたい。もっともっと、魔法を知りたい。だから、旅に出ることにした。人生は、待ってはくれないから。
「……長年お世話になりました……」
とはいえ、惜しんでもらえるというのは、ありがたいことだ。人と接するのは苦手だと思っていたが、案外そうでもないと知ることができた。喋るのは相変わらず、極端に不得手だけれど。
***
月夜のような容姿をした青年は、海都を望む崖沿いを散策しながら、これまでと、そしてこれからに思いを馳せた。
第七霊災を前にその存在感を強めた冒険者。自由に諸国を巡り、市井の人々を助け、時に驚くような力量を持ち合わせる彼ら。
その冒険者の端くれに、自分もなる。というより、なった。冒険者ギルドへの登録手続きだけは、すでに済ませてある。同時に、税関公社の退職手続きも。
転身のきっかけは、巴術が広く市井にも開かれたことだ。霊災直後の混乱が落ち着いた頃、兼ねてより計画されていた巴術士ギルドが設立された。それまで限られた者のみが学べた巴術は、望めば誰でも学べるようになった。そして冒険者が巴術を学びに訪れるようになり──魔法を扱う他国のギルドについて聞く機会が増えた。
──こうしてはいられないと、焦燥感にも似た思いが日々胸に募っていった。
幼い頃から魔法が好きだった。身の内を巡る魔力の存在に気がつき、さらにそれを操れると気づいたあの日。指先で流星のような一条の光を描いたあの日から、自分はもうずっと、魔法の虜だ。
巴術はすでに極めたなどと、そんな自惚れは微塵もない。だがそれ以上に、この世のありとあらゆる魔法を知りたくて、触れたくて、学びたくてたまらない。
追って追って、魔法を追って。心が駆り立てるまま、魔法に手を伸ばし続けたい。冒険者になるのは、追求の旅のための足がかりだ。
「……まずはウルダハの呪術士ギルドを訪ねて……錬金術もこの機会に……ああ、グリダニアの幻術も……いつかシャーレアンに渡って……」
魔法を愛する無口な青年は、こうして旅に出る。
──彼の名は、イェン・ア・リエーガ。
