その眼差し

「はーっ、食べた食べたっ」
 夕暮れも近いグリダニアの街中を、ヴァヴァロはご機嫌な足取りで行く。
 請け負った依頼を無事に終え、宿へ戻るところだった。道すがら初潜入した食堂がアタリだったこともあり、隣を歩くアルテュールも満足そうに胃の辺りをさすっている。
「うまかったなー、さっきの店」
「ね! また行こ。今度はなに頼もっかなー」
 仕事上がりに美味しい食事にありつけるのは、やはり気分が良いものだ。おかげで今日という一日を、上出来な心地で締めくくることができるのだから。
 あとで皆にも教えよう。ミックやエミリアを誘って、黒衣森出身者のおすすめメニューを教えてもらうのも楽しそうだ。
 うきうきとそんなことを考えるヴァヴァロの耳に、陽気な呼び声が届いた。足を止め、声を辿ると、ミィ・ケット野外音楽堂がなにやら賑わいに満ちている。
「ねえねえ、音楽堂でなにかやってるよ」
 はて、今日はなんの催し物をしているのだろうと様子を窺ったヴァヴァロは、すぐに嬉しそうに声を上げた。
「軽業だって! ね、見ていこうよ」
 音楽堂に来ているのは、旅芸人の一座のようだった。じきに開演するらしく、呼び込みにつられて一人、また一人と音楽堂に流れていく。
「お、おお。いいな、寄ってくか」
 服を引かれ、アルテュールはにっと笑う。
 その笑みのぎこちなさに、ヴァヴァロは気がつかなかった。

「あ、始まるみたいだよ」
 適当なベンチに腰を下ろして待つことしばらく、明るい調子の囃が開演を告げた。滑稽な格好をした二人組の軽業師が舞台に上がり、おどけた仕草で観客に挨拶するのを、ヴァヴァロはわくわくと見守る。
 依頼を順調に完遂して、美味しい食事にありついて、帰り道では愉快な見世物にふらりと出逢って。充実した一日になったなと、自然と顔を綻んだ。
 一座は軽業師二人、演奏者二人の計四人で構成されているようだった。軽快な音楽に合わせてパントマイム、ジャグリング、梯子乗りと次々に芸を繰り広げ、観客をわっと沸かせる。
 すっかり熱中していたヴァヴァロは、アルテュールと興奮を共有しようと顔を上げ──そして口を噤んだ。
 舞台を見つめるアルテュールの面持ちに笑みはなかった。赤紅色の瞳は舞台を見据えるだけ。楽しんでいる様子も、退屈している様子もなく、かといって不機嫌な様子でもない。ただ静けさを湛えている、その、形容しがたい眼差し。
 ヴァヴァロは目を丸くしたまま視線を前方に戻した。見せたことのない表情をしている彼に少しぽかんとしてしまって、膝の上でもぞもぞと落ち着きなく指を握った。
「ごめん、なんか言った?」
 不意に話しかけられ、ヴァヴァロはぎくりと肩を震わせた。ぎくしゃくしながら見上げたアルテュールは、すでにいつもの人懐こい笑みを浮かべていた。
「う、ううん、軽業すごいなと思って」
ほんの一瞬前まで彼が纏っていた空気は、何事もなかったかのように霧散していた。ヴァヴァロは無理やりに笑みを作る。何故だが妙に焦ってしまって、わずかに声が裏返った。

「な。迫力あるなー」
 今度は楽しそうな顔だった。楽しそうにしている、顔だった。

 ──もしかして疲れてた?
 ──元気なさそうだったけど大丈夫?
 ──軽業あんまり好きじゃなかった?
 音楽堂を後にして、宿へ戻って。リンクパールで皆と連絡を取り合って、「また明日」と互いの部屋に別れるまで。アルテュールが再びあの表情を見せることはなかった。
 もしかしたら見間違いだったのではとさえ思えてしまい、それで結局、なにも尋ねられなかった。
 ベッドに潜り込んだヴァヴァロは悶々と考え続ける。充実した一日だったことに変わりはない。不意の出来事に気持ちが萎んでしまったわけでもない。なのに彼の心を刹那に覗き見てしまったような気まずさがあって、心はいつまでも落ち着かなかった。
 暗い部屋の中、目に焼きついて離れないあの眼差しを思い返しながら、それでもうつらうつらとし始めたヴァヴァロは唐突に思い至る。

 きっとああした眼差しを、〝憂いがある〟と言うのだろう──。


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