これからも、よろしく(01)
「あの、赤いバラを」
愛の祝祭が華やかに街を彩る季節。
長らく花屋の前をうろうろしていたヴァヴァロは、意を決したように持参した籠を店員に差し出した。
「か、籠に入るだけくださいっ」
籠いっぱいのバラともなると、なかなかの本数だ。ただでさえ目立つうえに、しかも時期が時期である。ラベンダーベッドへの渡し船の上、船頭にちらりと微笑ましそうな視線を向けられたが、ヴァヴァロは気がつかないふりをして籠を抱え込んだ。
顔がかっかと火照っているのが自分でもよく分かった。この後のことを考えると、緊張で頭がくらくらする。でも、今日こそ告白すると決めたのだ。
赤いバラは勇気を出すための手助けだ。このバラと一緒に、今日こそ彼に気持ちを伝えるのだ。
船頭に礼を伝えて船を降り、ぎくしゃくした足取りで紫水桟橋を後にしたヴァヴァロは、ヤイヌ・パーの円庭の人影に気がつき息を呑んだ。相手も──アルテュールも気がついたようで、ヴァヴァロの姿を認めると暢気そうに手を振ってくる。
「さ、散歩してたの?」
ベンチで休憩していたらしいアルテュールに平静を装って歩み寄った。
「良い天気だったから」
笑いながら言ったアルテュールに勧められ、ヴァヴァロはぎこちなく彼の隣に座った。いつもと同じ距離感で座ったつもりなのに、やけに近いような気がしてしまって、それだけで鼓動が速まった。
「そのバラは?」
尋ねられ、心臓がどきりと跳ねる。籠の取手をぎゅっと握りしめた。
「グリダニアで買ってきたの。き、綺麗だなと思って」
「もう出回ってるんだな。バラの季節には少し早い……ああ、ヴァレンティオンか」
アルテュールは苦笑した。
「ずっと家にいると世間の動きに疎くなって駄目だな」
「しょうがないよ。ずっと療養してたんだし」
「まーなー」
所属する不滅隊の要請に応え、ヴァヴァロたちのフリーカンパニー〝ともしび〟がアラミゴ解放戦争に参加したのは、ほんの半年ほど前のことだ。
誰一人欠けることなくアラミゴから帰還できたが、戦いを駆け抜けた皆にはしばしの休息が必要だった。特に自分を庇って深手を負ってしまったアルテュールが歩き回れるほど回復したのは、つい最近の話だ。
「ヴァヴァロ、赤いバラの花言葉って知ってるか?」
アルテュールがなんとはなしに言う。ヴァヴァロは今度こそ口から心臓が飛び出たかと思った。
「う、うん。知ってるよ」
痛いほど強い鼓動を必死に抑え込み、密かに息を整える。──整えようとする。
微かに震える手でバラを一輪取ると、アルテュールに差し出した。
「──好きです」
声も、指も、やはり震えを抑えられない。それでも真っ直ぐに、赤紅色の瞳を見つめて。いつだって苦楽を共にしてくれた、かけがえのない人に想いを告げる。
「そうそう、愛情とか告白とか。情熱的だよな。甘やかって言うかさ。──もらっていいの? ありがと」
差し出されたバラを意外そうにしばし見つめると、アルテュールは微笑んでバラを受け取った。鼻先を花冠に埋め、目を細める。
「ああ、良い香りだ。後で部屋に飾らせてもらおうかな。はは、なーに照れてんだよ」
赤面したまま硬直しているヴァヴァロに「つられた」とでも言わんばかりに、アルテュールは照れくさそうに笑う。
「──~~~っ」
ようやく我に返ったヴァヴァロは跳び上がる勢いでベンチから立ち上がった。
「あの、わた、私、さ、ささ、先に帰ってるね!」
「え、そんなに急がなくても──」
籠を掴み、一目散に家の方角に駆けていくヴァヴァロを引き止めようとし、
「……転ぶなよー」
一人ベンチに取り残されたアルテュールはぽかんと呟くのだった。
「ああ、ヴァヴァロちゃん、おかえり」
勢いよく家に飛び込んできた人影にケイムゲイムは驚いたように目を丸くした。
出迎えてくれたケイムゲイムの顔を見上げ、肩で息をしながら何か言いたげに口をぱくぱくと動かしたヴァヴァロは、結局、何も言えずに目を泳がせた。
「おやまあ、どうしたんだい、そのバラ! こんなにたくさん、素敵じゃないか」
感嘆の声にヴァヴァロは咄嗟に籠を差し出した。
「ケイムゲイムさん、これ、よかったら家に飾ってくださいっ」
「いいのかい?」
ヴァヴァロは無理やり笑う。
「ほら、いま、ヴァレンティオンだから。グリダニアのお花屋さんでたくさん売ってて、綺麗だなと思って買いすぎちゃった」
「ああ、そういえばお祭りの季節だったねえ。それじゃあ飾らせてもらおうかね。花瓶を用意しないと」
ケイムゲイムは破顔した。
彼女に籠を渡すと、
「ちょっと部屋で休んできます!」
ヴァヴァロは逃げ出すように居間を離れた。
「お茶は飲むかい? 淹れておこうか?」
「いまはいらないですー!!」
背中に投げかけられた声を振り払い、自室に駆け込むとすかさず鍵をかけた。そのままベッドに飛び込み頭から布団を被る。
ベッドの上でもぞもぞと悶えながら、アルテュールとのやり取りをくらくらする頭で反芻した。
「え、え? 私、ちゃんと言ったよね? 好きですって。言ったよね?」
言ったと思う。言ったはずだ。好きだと言った。ちゃんと目を見て言った。赤いバラまで添えて言った。
でもダメだった。伝わらなかった。告白だと受け取られていなかった。話がすり替わった。どう考えても、花言葉の話題とすり替わった。
ヴァヴァロは毛玉のような姿のまま呆然とした。
「……どうしよう……」
「ケイムゲイムさん、花瓶ってあるかな」
散歩から帰宅したアルテュールは台所に顔を出した。その手には、一輪の赤バラ。
「ああ、ヴァヴァロちゃんにもらったのかい?」
戸棚から大小様々な器を取り出していたケイムゲイムはそのバラに目を留めた。そう、とアルテュールは笑う。
「そこで会って一輪もらったんだ。部屋に飾れないかと思って」
「それならほら、これを使いな」
キッチンを賑わす花籠と器の数々。その中から細身の花瓶を選び取ってアルテュールに渡すと、ケイムゲイムは腰に手を当てて小さく唸った。
「せっかくだから綺麗に飾ってやりたいんだけどねえ。この量だろう? 花瓶が足りなくてね。代わりになりそうな物もあまりないし、買い足してこようかね」
「買いに行くなら荷物持ちしますよ。すぐ支度してきます」
礼儀正しい申し出にケイムゲイムは笑って手を振る。
「大丈夫、旦那と行ってくるよ。ああ、じゃあ、旦那だけ呼んできてもらってもいいかい? 庭にいるはずだから」
「へーい」
庭仕事をしていたツェルフアレンを呼んで自室に戻ると、アルテュールはバラを挿した花瓶を枕元の棚に飾った。
灰色の指で鮮やかな花冠を愛でるように撫でる。花を一輪生けただけで、殺風景な部屋がぱっと明るくなったようだった。
「うん、本当に良い香りだ」
真上の部屋でヴァヴァロが悶絶しかけているとは露ほども気が付かず。鼻をくすぐる芳しい香りにアルテュールは微笑んだ。