蓮華遊子 – 01

 ──自由都市イディルシャイア。
 かつて北洋の学術都市シャーレアンから学士が集まり、エオルゼア六大都市のひとつにまで数えられていたこの地は、いまや新天地を求めるゴブリン族やトレジャーハンターたちが集う新興集落としてその名を広め始めていた。
 大撤収による放棄から十五年もの歳月が流れ、廃都の風化は顕著であったが、それも種々様々な人々の手に手を携えた働きにより、次第に新生しつつあった。
 いまはまだ瓦礫が山積し、産業らしい産業も確立されていないけれども。自由を求める人々が集うこの地は、紛れもなくひとつの都市として胎動を始めていた。
 未来への夢と希望にあふれる自由都市。その発展を担うのは当代の人々──自分たちの努力次第とあって、心躍らぬ都市民はいないだろう。

 

 とはいえ、なにもかも順風満帆とはいかないもの。近頃、イディルシャイアとその近郊を自警する者たちの頭を悩ませている問題がひとつあった。
 これまでイディルシャイアに至る道といえば、大きく分けて二つ。竜の支配域である高地ドラヴァニア西部、そしてゴブリン族の研究者集団・青の手が闊歩する低地ドラヴァニアを通過してくるか、あるいは海からサリャク河へと到達し、河を遡上してオーン原生林を抜けてくるかの二通りであった。
 しかしその交通事情も、皇都イシュガルドと竜との千年戦争が表面的な解決を迎えたことで大きく変わった。聖竜の眷属が空を支配する高地ドラヴァニアを通過することが以前ほど危険ではなくなり、陸路でイディルシャイアを目指す者たちが増えてきたのだ。
 都市への流入者の増加は、イディルシャイアの発展に欠かせないことだ。しかし高地ドラヴァニア経由でイディルシャイアを目指す者が増えるということは、同時に、青の手や魔物による被害者の増加を意味した。陸路が確保されたことで通行量が増加するとともに、青の手や魔物との交戦で怪我を負い、運が悪いと命を落とす者が日増しに増え、都市民の頭を悩ませていたのだ。
 今はまだ来訪者の大半がトレジャーハンターや冒険者であるため、己の身は己で守れ、という風潮がないでもないが、無謀な行動をしているわけでもないのに大怪我を負うのでは堪らない。そこで近頃では有志が自警団を組み、街道の安全の確保や、魔物退治──特に厄介な魔物をリスキーモブと呼んだ──を生業とする傭兵集団クラン・セントリオと連携し、イディルシャイア近郊の治安維持に努めていた。
 ──ララフェル族の少女ヴァヴァロも、その自警団に参加する一人の冒険者である。

 

 自警団では今、とある魔物の情報を集めていた。
 お宝を求め低地ドラヴァニアを物色していたトレジャーハンターが目撃したという亡霊騎士、ペイルライダー。
 目撃したのはそのトレジャーハンターのみ。しかも当の本人はひどく取り乱し、「亡霊騎士を見たんだ」と繰り返すばかりで、目撃地点も外見的な特徴も不明瞭という有様。仲間内では「見間違いでは」という意見も多かったが、ペイルライダーの出現は決して青天の霹靂ではなかった。亡霊騎士の復活を予見したシャーレアン人からクラン・セントリオへと、れっきとした討伐依頼が舞い込んでいたのだ。
 ヴァヴァロは仲間と手分けをし、ペイルライダーの情報を収集していた。
 地道な聞き込みに始まり、低地ドラヴァニアの巡回、時にはその巡回中に立ち往生している旅人を助け、情報を掴んだと連絡が入ればイディルシャイアに飛んで戻り、期待はずれの内容に肩を落とす。最初の目撃情報からそれなりの日数が経っていたが、さっぱり有力な情報が掴めず、やはりあのトレジャーハンターの見間違いだったのでは、と落胆したくなるヴァヴァロであった。


「じゃー俺はなんかメシ買ってくっから、公園のあたりで落ち合おうや」
「うん。あたしの分もお願いね」
「へいへい」
 今日もまた巡回に出ていたヴァヴァロは仲間と別れると、少しばかり意気消沈した足取りでイディルシャイアの街を歩いていた。
 本日も収穫はなし。こう手応えがない日が続くと、いくら情報収集は地道なものと分かっていても、気落ちせずにはいられなかった。
「──やだねえ。ちょっと前だって、道に迷った商人が襲われたってはなしじゃないか」
 不意に耳に飛び込んできた声にヴァヴァロは足を止めた。声のほうに視線をやると、道の舗装作業にあたっている屈強な女性ハイランダーたちが、作業の手を止め話し込んでいるようだった。
「あの! そのはなし、詳しく聞かせてもらえませんか」
 ヴァヴァロが小走りに近づくと、おや、と彼女たちは顔を見合わせた。
「いやね。他の連中から聞いたはなしなんで、詳しいことは分からないんだけどさ。高地からこっちを目指してたっていう商人が……あー、なんだっけね。あの大きな工房跡」
「アーキテクトン?」
「そうそう、アーキテクトン。なにしろ低地ドラヴァニアのあちこちで橋やらなにやらが壊れてるだろう? それでうろうろと彷徨ってるうちに、アーキテクトンで屯ろしてる青の手の連中に見つかっちまったらしくてね。命からがら逃げだしたはいいものの、荷物を全部奪われちまったんだとよ。可哀想にねぇ」
「そんなことが……」
 それはヴァヴァロが求めていた情報ではなかったが、青の手に関する問題もまた、自警団として看過できるものではなかった。
 事実、低地ドラヴァニアを経由してイディルシャイアを目指す者たちにとって一番の脅威は、青の手の存在だった。彼らは冒険者や行商人を襲うだけでなく、時にイディルシャイアへの侵攻を試みるような過激な集団なのだ。なかにはクラン・セントリオで手配中のゴブリン族もおり、これもまた、ヴァヴァロたち自警団に参加する者が行方を追っていた。
 なにはともあれ、ペイルライダーに限らず、イディルシャイアを取り巻く脅威は尽きないということだ。
 彼女たちに礼を述べ、ヴァヴァロはその場を離れた。
 ペイルライダーの追跡に専念するか、それとも街道の安全を確保するため青の手を追い払うのが先か、ひとり頭を悩ませながら、再び公園へと向かい始めた時だった。
「──これ、そこの娘」
 背後から投げかけられた声に、ヴァヴァロは驚いて振り返り──そして一瞬、息を呑んだ。
 視線の先には人影がふたつ。声の主は小柄な女性だった。よく日に焼けたような褐色の肌に、肌を覆う黒い鱗と、角。近頃エオルゼアでも見かけることが増えたアウラ族だ。
 しかしなによりもヴァヴァロの目を惹いたのは、彼女の瞳だった。薄く紅紫に染まる黄昏時の空のような、不思議な色をした瞳。力強い輝きを秘めたその瞳に、ヴァヴァロは心を吸い込まれたようにぽかんとしてしまう。
「そなた、この辺りで強い獲物のことを知っておるのか?」
 その小柄な女に尋ねられ、ヴァヴァロは目をぱちくりさせた。心を奪われたように一瞬、惚けてしまったが、今度は彼女の気位が高そうな口調にきょとんとさせられた。 
 弓を携えているところを見ると狩人だろうか。腰に帯びた物は、布に包まれてはいるが、察するに剣だろう。戦いに慣れていそうな出で立ちだったが、冒険者という風体ではなかった。
 ヴァヴァロは彼女の背後に立つ人影を見上げた。こちらもアウラ族に間違いなかったが、男性で、しかも女とは異なり白い鱗をしていた。太い笑みを浮かべている女とは対照的に、真一文字に結ばれた口と、冷ややかな色をした青い瞳からは、なんの感情も読み取れなかった。
 両者を見比べ、ヴァヴァロは少し考えてから口を開く。
「ええと、知っているというか、探しているというか」
 ──言葉を濁したのは、彼女の力量を一目で推し測れなかったからだ。
 こうしてリスキーモブの情報を収集していると、時折、出くわすのだ。己の力量を弁えず、報酬や名声を求めて先走る、血気盛んな若者に。
 その手合いには腕を磨いて出直すよう諭すなり叱るなりし、せめて他の者と協力するよう促すのだが、あいにくヴァヴァロ自身もまだ若く、他者の力量を見抜くほど目が肥えていない。そして今、自信に満ちた様子の彼女の実力を推し量り、情報を渡してよい相手かどうか判断できる仲間が、ヴァヴァロのそばにはいないというわけである。
「ほう。それはちょうどよかった。妾も腕試しになる相手を探しておったのじゃが、その情報を妾にも教えてはもらえぬか」
「ええと……」
 しまった、とヴァヴァロは内心、後悔する。却って彼女の興味を惹いてしまったらしい。
 知らぬと返せばよかったか、とも思ったが、おそらく他の者と話していたのを聞きつけたからこそ自分に尋ねてきたのだろう。知らぬ存ぜぬは通じなさそうだ、とますます返答に窮してしまう。
「タダで情報は渡せぬか? なに、興味があるのは獲物との勝負だけゆえ、報酬が出ると言うのならば全て譲ってもかまわぬぞ」
 やけに言い渋るヴァヴァロに、彼女はしたり顔で言い放った。
 その背後から、小さなため息がひとつ。ずっと口を噤んで控えていた男のものだった。
 女がキッと男を睨めると、男はまたひとつ、ため息をもらした。やれやれと言わんばかりに頭を振り、再び口を噤んでしまったので、ヴァヴァロはますます困惑してしまう。
 女はひとつ咳払いすると、期待を込めた瞳をヴァヴァロに向けてきた。その瞳に逆らえないものを感じて、ヴァヴァロはとうとう観念する。
「んと、確かにあたしも探してはいるんですけど、まだ目撃情報が入っていないんです」
「ふむ」
「それにいま探しているヤツは、たぶんそのへんのちょっと強い魔物とは全然、違って」
「ほう、というと?」
 女がぐいぐいと距離を詰めてくるので、ヴァヴァロは思わず半歩下がりそうになる。
 すんでのところで踏みとどまると、もう一度、その男女をよくよく見比べた。やはりヴァヴァロには、彼らの力量が掴みきれない。
「はっきりしたことは言えないんですけど、一人や二人で挑んで太刀打ちできる相手じゃないのは確かなんです。なので、ええと……。し、失礼を承知でいうと、もし生半可な気持ちで挑むつもりなら、絶対にやめたほうがいいです。──命を落とすかもしれません」
 なにしろ大抵の冒険者やトレジャーハンターのほうが自分よりも歳上なのだ。こうして苦言を呈した相手から、不愉快そうに顔を顰められ、時に「ガキの癖に生意気をいうな」と噛みつかれた経験は一度や二度ではない。
 腕に自信がありそうなこの女性はどんな反応をするだろうか、と軽く身構えたヴァヴァロであったが、予想に反し、彼女の声音は落ち着いたものだった。
「なるほど。よほどの強敵というわけじゃな。なに、妾も無謀な戦いがしたいわけではない。が、腕を磨き見聞を広めるため旅をしておるゆえ、少しでも詳しいはなしを聞かせてもらえるとありがたいのじゃが」
 ヴァヴァロはしばし、その紅紫の瞳をじっと見つめた。見返してくる視線は力強く、決して揺らがなかった。
「……このあたりの魔物に詳しい人がいるので、ご紹介しましょうか?」
 ──半ば根負けしたような、あるいは確信を得たような。
 とにかく自分一人では対応しきれないと結論付け、ヴァヴァロは助けを求めることにした。
「おお、それはありがたい。ぜひとも頼もう」
 女は破顔し、ああ、と思い出したように声を上げた。
「名乗り遅れたな。妾はバドマと申す。遥か東方の地より参った。そしてこれは妾の夫、テンメイじゃ」
「……よろしく」
 朗々と名乗った女と、軽く会釈した男と。両者を見比べ──これで三度めである──、ヴァヴァロはまたもや驚かされることになった。
「ご夫婦なんですね」
 およそ仲睦まじく見えない者同士が夫婦とは。ついしげしげと二人を眺めてしまい、ヴァヴァロははっとして会釈を返した。
「──ヴァヴァロです。よろしく」
 なにはともあれこちらへ、と案内しながら歩き出した。
「そなたも弓を扱うようじゃな」
 並んで歩きながら、バドマはヴァヴァロの携えた弓に目を留めたようだった。
「はい。まだまだ半人前ですけど。バドマさんも弓を?」
 問い返され、バドマはどこか不敵な笑みを刷く。
「赤子の頃より弓を手にして育ったかの」
「赤ん坊のときから?」
 ヴァヴァロがその大きな双眸をいっそう大きく見開くのを見て、バドマはくつくつと笑った。
 なるほど、とヴァヴァロは妙に納得してしまう。どうりで言動が自信に満ち溢れているわけだ、と。嘘か真か、などと考える間を与えないほど、その声には奇妙な説得力があった。
 ──それなら、この人の腕は確かなものかもしれない。
 そう考えたところで、前方に探していた人物の影が見え、ヴァヴァロは大きく手を振った。
「イロアズさん──!」

 

「──これは北洋のシャーレアン人からの依頼でね。世の終末に恐るべき騎士が蘇ると、古の預言書に記されていたそうだよ」
 イディルシャイアでクラン・セントリオの取り纏めをしている老婆イロアズは、三者の顔を見やってから、おもむろに口を開いた。
「依頼主は世の終末とやらが第七霊災のことを示していて、既に黙示の騎士が蘇っていると考えているのさ。まぁ正直、眉唾モンの内容だが、亡霊騎士を見たって騒ぐトレジャーハンターが出てきてね。そこのチビっ子が、奴の行方を追って低地ドラヴァニアを駆け回ってる最中というわけさ」
 イロアズの言葉を受け、バドマはふむ、と考え込むようだった。
「なるほど。ただの獣ではなく、妖の類ということか」
「そういうことだね。ただの獣ともわけが違うし、実在するかどうかも怪しいもんさ。でも本当にいるなら、早めに手を打つに越したことはない。なにしろ堅物揃いのシャーレアン人からの依頼だからね。──尋常じゃない相手なのは確かだろうよ」
 イロアズの言葉にコクコクと相槌を打ち、ヴァヴァロはバドマを見上げた。少なくとも、自分が説明するよりは、追っている相手の危険性が伝わったはずだ。
「して、その亡霊騎士とやらの行方はまだ掴めておらぬのだな?」
「そうだねえ……」
 イロアズにちらりと見られ、ヴァヴァロは悄気た顔で頷いた。
 結局のところ、ただ一人の目撃者を除いて、尋常ならざる魔物という情報だけが一人歩きしている状態なのだ。初めは熱心に低地ドラヴァニアを捜索していたモブハンターたちも、あまりの手応えのなさにやがて一人、二人と別のリスキーモブを追って各地へ散ってしまい、今もペイルライダーを追うのは、ヴァヴァロとその仲間──自警団に参加する人々だけになってしまった。分散して探すだけの人手もなくなってしまい、おまけに相手は海のものとも山のものともつかない。──正直なところ、かなり手詰まりな状況ではあった。
「妾はクランとやらの事情を存ぜぬが、つまるところ、有事に集ってともに獲物を狩る者たちのことかえ」
「そう言っても間違いではないけどね。こうして手を組んで行動するのは、大物を狩る時ぐらいなもんさね」
「ふむ。では狩りに参加する条件は?」
「バドマ」
 それまで口を噤んでいたテンメイが咎めるように妻の名を呼んだが、バドマは一向に気に留めないようだった。
「特にないね。もともとクランに所属する人間は種族も生まれもバラバラさ。必要なのは、獲物を狩る腕と度胸ぐらいなもんだ」
「ならば都合が良い。妾もその亡霊騎士とやらを討つのに参加させてもらおうではないか」
 ──やっぱりそうなるのか、とヴァヴァロは密かにため息をついた。
 イロアズの元へ案内することになった時点で、半ば覚悟していたことではあるが、やはりバドマは一歩も引く気がないようだった。そして──
「……と、いうことだそうだよ。ヴァヴァロ、アンタのところで手を貸してもらったらどうだい」
 ──そして、こうなるのだろうとも。
 バドマがヴァヴァロの手に余る相手であることは、引き合わされた時から分かっていたはずだ。分かっていながら、イロアズは少し意地の悪い笑顔を浮かべると、さらりとバドマの面倒を押し付けてきた。本当は、誰か他のクラン員や自警団の人員に紹介してくれることを期待していたのだけれど。
「うう……はぁい……。あの、改めて、どうぞよろしく……」
 冒険者同士、即席で手を組むのはよくあることだが、果たしてこの二人と上手く息を合わせられるかどうか。
 人手が欲しいことは確かだが、探している獲物が獲物だけに、先行きが不安なヴァヴァロである。
「おや。お主が此度の狩りを取り纏めておるのかえ?」
 少し意外そうに見返され、ヴァヴァロはううん、と首を傾げた。
「誰がリーダーか決まってるわけじゃないんですけど、今回は確かに、私が率先して探してるといえば探してて……。というより、みんな別の獲物を追いに行っちゃって、全然人がいないというか……」
「おーい、ヴァヴァロ!」
 言いさしたところで聞きなれた声に名を呼ばれ、ヴァヴァロは慌てて声のほうを振り返った。
「あ。アルテュール」
 見れば、灰色の肌をしたエレゼン族の若者が不機嫌そうに立っていた。
 その表情をみて、しまった、とヴァヴァロは漏らした。そういえば彼と待ち合わせていたのだった、と。
「ったく、探しただろうが。なにしてたんだよ」
 アルテュールはつかつかとヴァヴァロに歩み寄ると、彼女の頭を軽く小突いた。
「ごめん、この人たちを案内してて」
「んん……!?」
 ヴァヴァロが指し示した人物を見て、アルテュールは顔色を変えた。
 ひとつ咳払いし、衣服を正すと、恭しくバドマの前に膝を折った。
「これは美しいお嬢さん……。お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね。ご機嫌うるわしゅう……」
「なんじゃお主は」
 アルテュールに手を取られ、バドマは眉を顰めた。
「私の名はアルテュール……。愛に焦がれる吟遊詩人でございます。貴女のような美しい女性に出逢えるとは、今日はなんて──なんだよヴァヴァロ、邪魔すんなって」
「アルテュール。その人、旦那さんいるよ」
 冴えない口説き文句を小突いて止めさせると、ヴァヴァロはバドマの背後に佇み、どこか呆れた顔でアルテュールを見下ろしていたテンメイをそっと示した。
 アルテュールはバドマの手を握ったまま、自分を見下ろすテンメイに目をやった。
 エレゼン族も長身の種族だが、アウラ族の男性も負けず劣らず上背のある種族だった。しかもアウラ族は、痩躯な体つきの者が多いエレゼン族と違い、上体ががっしりとしている者が多い。テンメイもそうしたアウラ族の例に漏れず、逞しい体躯をしていた。
 アルテュールはそっとバドマの手を離すと、少しばかり引きつった笑みを浮かべながら立ちあがった。
「なんだ人妻か。よっ、悪かったな旦那。気ぃ悪くしないでくれよなー」
 彼の中で、テンメイは怒らせてはならない人物だと格付けされたのだろう。
 清々しいほど露骨な日和見主義に、ヴァヴァロのほうが恥ずかしくなってしまう。
「……すみません。バカな連れで……」
「誰がバカだ、誰が!」
「いったぁー! 叩かないでよ!」
 手加減なしのゲンコツをくらい、ヴァヴァロもムキになってやり返そうとする。だが哀しいかな、ララフェル族の背丈では、どう足掻いてもエレゼン族の頭には手が届かないのであった。
「ほれほれ、やれるもんならやってみなー」
「コラー! 止まれー!」
 ひらひらとヴァヴァロの拳から逃げ回るアルテュール。憚りもなく他愛のない小競り合いを始めた二人を見て、バドマは声を立てて笑った。
「愉快な連れがおるのじゃな。 アルテュールとやら、そなたもクラン員という者なのかえ?」
「特にクラン・セントリオに所属してるつもりはねーけど、リスキーモブを追ってるのは確かだな。クランに所属して熱心に活動してんのはこっち」
 追いかけまわしてくるヴァヴァロを掴まえ、逆さまに担ぎあげて遊んでいたアルテュールは、下ろせ下ろせと騒ぐヴァヴァロをストンと地面に下ろした。ヴァヴァロは悪態づきながら乱れた髪を直す。その髪をアルテュールがくしゃくしゃと撫でて台無しにするので、ヴァヴァロはすっかり仏頂面だった。
「では、此度の亡霊騎士の討伐には参加せぬのか?」
「いんや、参加するつもりさ。こいつと一緒に探しちゃいるんだけどよ。なかなか見つからなくてな」
「なるほど。では合わせて三人かえ?」
「合わせて?」
「バドマさんも今回の討伐に参加するって」
 事情を知らないアルテュールが首を傾げたので、ヴァヴァロはむすっとしながらもこれまでの経緯を説明する。
「──なるほど。そりゃいいや。腕が立つ奴が多いに越したことはないからな」
 アルテュールがあっさりとバドマを迎え入れたので、ヴァヴァロは内心、ほっと胸を撫で下ろした。軽薄な言動の目立つ彼だが、冒険者としての実力はヴァヴァロよりも確かだ。その彼が異議を唱えず迎え入れたのだから、バドマの腕前を心配する必要はないのだろう。──おそらく。
「で、旦那のほうの得物はなんだい?」
 アルテュールがテンメイに問いかけると、テンメイが答えるよりも早くバドマが口を開いた。
「テンメイは戦う術を持っておらぬ。狩りには妾のみ参じるゆえ、よしなにな」
 これにはヴァヴァロもアルテュールも驚いて目を丸くした。逞しい体躯をしたテンメイが戦えないとは、二人とも想像していなかったのだ。
 確かにテンメイは武器らしい武器を携帯していなかった。代わりに荷を背負っているところを見ると、では荷物持ちなのだろうか、とヴァヴァロは不思議に思う。テンメイの佇まいからして、決して戦いの素人には思えないのだけれども。
「ははぁ。それで三人って勘定か」
「……幻術の心得なら、多少」
 テンメイは物言いたげにバドマを一瞥し、短く言った。
 あまりにも言葉数が少ないので、意味を汲みかねてヴァヴァロもアルテュールも合いの手に困ってしまう。
「と、とりあえず」
 ヴァヴァロは咳払いをして場を繋ぐ。
「あたしとアルテュール以外にも、仲間が何人かいるんです。今はイディルシャイアにはいないんですけど、後で合流する約束で」
「ほう。それは心強い」
「そうだな、ええと。バドマさん──とテンメイさんには、まずペイルライダーの捜索を手伝ってほしいんです。きっと見つけ出すのにまだまだ時間がかかると思うし、あちこち歩き回ることになると思うんですけど、いいですか?」
 魔物の討伐というのは、地道な情報収集から始まるものだ。しかし冒険者のなかには、自分の足で獲物を探し出す努力もせず、華々しい戦果を挙げることにのみ夢中の者もいるのだ。
「承知した。強い獲物と対峙できるならば協力は惜しまぬゆえ、何なりと申し付けるがよいぞ」
 念押しするように言ったヴァヴァロに、バドマは胸を張って答えた。その様子がどこか無邪気な少女のようで、頼もしいような不安なような。
 いまいち掴みどころのない人だ、とヴァヴァロは苦笑してしまう。
「じゃあ、まずは──」
 ──今ある情報を整理しましょう。
 そう言いさしたヴァヴァロの腹の虫が盛大に鳴く。
「──まずは、腹ごしらえをしましょうか」
 ヴァヴァロが顔を真っ赤にして言うと、バドマは「承知した」と声を立てて笑うのだった。

 


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